父なる神に対してに寂しさ
神を想い
神がどうしてイエスをこの世に遣わしたか
神は、イエスに伝えました。
人間に自由意思を与えたてのは、神がした事。自分がした事。
でもここまで酷い事になると思っていなかった。
実際、神殿は神と一番近い場所と伝えられていた。神と1番近い場所というのであれば いつ誰がきて好きに使ってもいいでしょ。でもそこにいる王様。国王は、自分の私利私欲の為にその場を使っている。その権力で国を支配している。国民を支配している。それが許せなかった。それがずっと何年も何年も続き 神が嫌だった。それをどうしても正す為に、人間として この世にイエスが必要となった。イエスに対して申し訳ないことをしたと言う想い 神から言われました。
でもそこまでのことをしないとこの世は変わらないであろう。その想いがあったからこそ神からしても苦渋の決断です。その苦渋の決断をしてイエスをマリアの子供として託し 養父ヨセフと共に育ててもらった。もちろん何も知らずに生まれてきてるイエスは、事がわかってくるに従ってとても辛くて、生きづらくなっていって家に居場所がなくなっていって 周りからやはり変な目で見られるから 近所の人も良くは言わない。
おかしな子のいる家。生まれる前は救世主が生まれると騒がれていたのに、実際人間として生まれて普通に育っていってれば ただの人間。
おかしげな事を言う子だ。
とても辛かった。
居場所がなくなっていった。
でも、神からの言葉を聞いた時、自分の使命を果たさないといけないと思った。神の想いを聴いた時、自分の使命を果たさないといけないんだと感じた。怖くないって言うのも嘘になる。嘘になるけど その為に自分がこの世に遣わされた。
神の想いがわかったからこそ、辛くとも耐えなくてはいけないんだと思った。思ったけど、辛いものは、辛い。人間だから、人間の心を持っているから辛いものは辛い。だから孤独だった。ずっと孤独だった。
イエスは死ぬまで孤独だった…
イエスは言いました。
本当のことは誰にも話せない。不安にさせるような事は、言えない。何でも話せば弟子たちを不安にさせる。せっかく私について来てくれている弟子たちを 不安の渦の中に置きたくはない。時が来るまで私の心の中に全て留めて 私は自分の人生を真っ当していく。そう決めていた。
でも、やはり話がしたい。
こうなんだ!辛いんだ!と話がしたい。でも、話せる相手がいない。
父なる神に怖いんです。何度も言いました。でも神は、耐えてくれとしか言いません。自分もそれで仕方ないと思っている。内心、仕方ないと思っている。だから何も言わない。その繰り返しです。
イエスは、21歳の誕生日に洗礼を受け、そこから弟子達と一緒に旅に出ています。多くの弟子達がついて来てくれています。その多くの弟子達の中に、私の名を売るユダがいる。ユダを仲間に入れる。何が起こるか全てわかっている。その状況でユダを仲間に入れる。とても怖い。でも、それを神が望んでいる。ユダはサタンの心を持っている。悪魔の心を持っている。いずれ裏切られる。わざわざ裏切るような人間を仲間なんかにしたくない。仲間などにしたくないが神の想いが分かる。受け入れるしかない。受け入れた以上他の弟子達と同じように接していかなければならない。ユダを仲間に入れる時も心の中の葛藤は凄かった。とても、不安と恐れと、ほんとに怖かった。でもユダを仲間に入れる事でさえ誰にも相談できなかった。当時、既に弟子になっているもの達に対しても相談は、できなかった。本当は、こいつはサタンなんだ。仲間に入れてもいいか。聞きたいけど実際にそんな事は聞けない。全て自分で判断し自分でその後何が起こるか分かりながら過ごしていった。ずっとずっと生まれてから死ぬまで私は、本当に心を許して話をできる人はいなかった。全てを話せる、人間の人間としての私に寄り添ってもらえる人は、いなかった。味方はいた。弟子も味方だ。母、マリアも味方だ。でもわざわざ不安を煽るような事は、言えない。自分の心にしまっておかないといけない。自分の心に全てしまっていました。孤独で寂しい人生。多くの仲間がいたけれど孤独で寂しい人生でした。愛を伝えていってるのに自分の心の中は、ずっとずっと寂しかった。
私のことを愛して慕ってくれる人はたくさんいたが寂しかった。
聞いてくれてありがとう。
