イエス.キリストの真実  イエス15歳初めての説法

神に操られるように 近所の広場に行き話を始める

別に人が集まっている訳では ないが 通りかかっている大人達に向かい

私は神の子
イエス.キリスト 神の言葉を伝える為にきた、

間違っている 間違っている
なんで みんな強いものに屈する
自分達の生活も守れないのに なぜ強いものに屈して 何も言わない
家族の生活が守れなくていいのか?
自分の生活が守れなくていいのか?
皆で立ち上がる事は できないのか?

この世は おかしい
おかしすぎる
なぜ 皆それを認めない
なぜ立ちあがろうとしない

ここまで話をした時に
いきなり 胸ぐらを掴まれた
ナザレのイエスが何を偉そうに言ってるんだ
子供のくせに何がわかる!

その時に 神から堂々としていなさいと言葉が降りる

イエスは その場は 全く動じず過ごす…

そして その相手に 私は
ただ神の言葉を伝えているだけです。
と言い

他の大人が止めに 入って その場は おそまった

それがイエスが 初めて 近所で 説法をした時の事

終わってから イエスから
いきなり胸ぐらを掴まれた 正直
少し怖かったが 神がいるから 大丈夫と思えた…と…

でも なぜいきなりこんな話をさせたのか?
いきなり敵を作ってまわったのでは ないか…

なぜ神いきなりこんな話をさせたのですか?

この世は 狂っている でも
それを誰もどうにかしようとは していない
皆 権力に負け 動こうとしない
人々の反応が知りたかった

12月21日
十字架の前日の夜
イエスから寂しさを感じた…
イエスの本音…
寂しい 本当は 寂しいんだ
孤独なんだ…

常に自分の心は 押し殺して生きてきた
自分の想いを全面に出すと 動けなくなる
私の事を 本当に愛してくれてる人は 
いるのか?

母マリアからは 愛が感じれるが
やはり神の子としての一線が感じられる
もう 自由にしていいんだよ
その言葉を言ってくれたら
私は 神の子としての人生をやめていたかも知れない

神から愛しい我が子
愛する我が子と言う言葉で
本当は 騙されていたのかも知れない
本当に 愛する我が子に こんな想いをさせるだろうか?
私は 駒…

ずっとずっと孤独だった
ずっとずっと寂しかった

多くの人が寄ってくるが
それは 私の力が目当て

私は 多くの人に愛を伝えてきたけど
私は ほぼ愛されていない
私の事を ほんとに心の底から愛してくれた人は どれだけいるだろう

家族も 最後には だいぶ良くなったが 本当に心の底から愛しあえてる家族かというと 私の立場は 違う
私は 本当の家族ではない…

弟子達も 本気で私を愛してくれた
ものは 何人いるだろう
私の事を慕ってくれていたが
心の底から 私を愛してくれたものは 
どれだけいるだろう
私が愛を注いでいても…

なぜ 何十年も ずっとこんなに苦しく 辛い想いをして生きていかないと 
いけなかったのか?

なぜ こんな最後を迎えないといけないのか?

ずっとずっと 自分の気持ちは
封印してきた
封印しないと生きていけれないから
平然としてられないから
神の子としての使命
それを果たす為に 弱い私は
絶対見せては ならない
だから 自分の想いは 常に封印してきた

こんな人生なら
生まれてこなければ良かった
本当は 生まれてこなければ良かったんだ
生まれてこなければ こんな辛い思いをしなくて済んだんだ

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