イエス.キリストの真実 21歳と15歳のイエス

12月21日
21歳のイエス

まだ説法を初めて数日の事
日々の話が疎ましく思っていた者がいたんだろう
いきなり話の途中に石を投げられた。それも1人投げ始めると 何人も一緒になって

私は 無の状態…
一瞬 驚いたが
神の教えを伝えなくては いけないと
その場は それしか頭になく
痛みとか恐怖とか 感じる事もなく
話を続けていた

そうしたら見かねた 弟子が
イエス危険です。帰りましょうと
今日は、終わりですと伝えて
その場を連れ帰ってくれた

痛みや恐怖を感じたのは 戻ってから
でも弟子の前では きぜんとしていないといけないと言う想いがあったので
大丈夫と伝え

夜 1人になってから 改めて
その場の恐怖を感じた
目の色が変わり 私を敵視して
石を投げつけてきている…
私を殺そうと思ったのでは ないか?
私は 時が来るまで 死ぬ事はないと
その想いがあるから 死の恐怖は
なかったが でも 人の気持ち
初めて 怖いとその夜に思い身体が震えた…
そして 改めて 身体中の打ち身になってる場所の痛み
それを感じた夜だった

翌日 私は また行かなければと思い 
用意していたが 弟子が止めてきた
私の身体を見て 今日は、休みましょうと…

キズの場所によっては 熱を持っていた 色が変わってる所も多々あった…
私は 神の想いを伝えてる為に
今 ここにいるのだから 逃げては
ダメだと思っていた
だが 弟子から強く止められ
その日の説法は 休み身体を休めた
弟子たちが 熱を持ってる部分を冷やし介抱してくれた

12月23日
イエス15歳
自分の行動と想いの葛藤

私は 誰の子供なんだ
頭では 全て分かっている
分かっているが
私は 親からの本当の愛を受け取っているのか?
母 マリアは たまに大丈夫と抱きしめてくれるが…

父なる神からは 愛しいイエスと
ずっと言われてきて

でも すぎこしの時も
今の日々近所で 話をしてしてるのも
自分が行きたい訳でもないのに
気づいたら 行ってると言った方が正確なのかもしれない
どちらかというと勝手に行かされてるという感覚…出かけて 近所の広場で話をして 近所の物に 白い目で見られる 罵声を浴び帰る
家に帰ると 家族の反応がやはり悪い
以前よりどんどん悪い
本当は 本当は 家族と仲良くしたいのに でも どんどんミゾが深まって行く
養父ヨセフが私を愛せないのは 幼い頃に 話を聞いていたから分かる
でも 人間としての父親
ずっと一緒に暮らしてきている存在
兄弟達も…
でも 家族との関係は 溝が広がるばかりで 悲しい
でも 行動を止める事もできないし
注意されると 反発の言葉が出る
正しい話しをしてきて 何が悪いんですか?
そんな事を言うから 余計に崩れる
でも 勝手に言葉が出てる…

私は どうしたらいいんだ
どうしたいんだ
自分でも分からない
悲しい 今の状況は悲しいのに
身体は 自分の思いに関係なく
動く…
父なる神の想いに従い…

私は 私の思うように生きては
いけないのか

私は 本当は どうしたいのか
それも分からない

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