イエスキリストの真実 教会の教え…

先って日 いつも行いた教会の聖書を読む会というものに参加してきました。

日曜の礼拝とは 全く別のものです…

以前、聖書の内容を知りたくて 

聖書の入門編に通い その後は

洗礼を受ける為の勉強になると言われて 約半年の勉強会で 

聖書の内容が 真実と違う事が多いのを感じていてので 私は その後の勉強会は お断りしました

そんな時に 聖書を読む会と言うのを始めようと思うと 牧師さんから頂き それなら参加できる時に参加しますと…

その言葉のまま 読む会がスタートしても 参加できる時がなく

参加せず 時が流れ

今回 やっと初参加できそうだな…と

さすがに始まって何ヶ月も経っていたので 少し抵抗もあったけど 

行ってみたい

聖書は まだ一部しか触れてないので 気にもなるし…と参加する事を決め 牧師さんに連絡を取り 

読む会 初参加での 参加となりました…

勉強会は 基本1対1で でしたか 読む会は 複数人

思っていたより人数が多く 参加者は 全員で8人

最初 読む会をしようと思うと聞いていた時は 私と 私と同じように洗礼を考えていない女性が1人と聞いていたので いざ行くと 私の子供みたいな年齢の方が数人参加されていてびっくり

そしてその方達は 幼い頃から親に連れられて教会の来ていた人達…

その1人から聞いた言葉…

何度か 教会では耳にしていた言葉

聖書が全て…

イエスは この言葉に 既に違和感…

その日

その場で感じた思い…

その時の聖書の内容に対して イエスが感じた事を

ここでお話し しようと思います…

その時の聖書の内容は

ヨハネの福音書

バプテスマのヨハネが イエスに会う前日の話…

ヨハネは 自分の立場を これでもかと蔑み…

イエスを尊い方と言わんばかりの言い方をしています…

私には その方の履き物のひもを解く値打ちもありません

その言葉に イエスは違和感を感じているにも関わらず

その読む会に来ていたメンバーは

私も そう謙虚でありたい…

イエスは 一言

何を言ってるんだ!

そして 今の洗礼と当時のバプテスマは

同じものか…

そういう質問も出て

そこに牧師が答えている

そのやり取りを聞いていて

イエスが最初に放った言葉…

やめてくれ!

聖書の話 ヨハネがなんと言ったか 本当のところは 定かでないが ヨハネがそこまで自分を蔑んでいたとも思えないが

そもそも そこまで蔑む必要などない!

神は 自分が偉いなど思っていない…

私もそれは同じ事 自分を押し殺し謙虚になる必要などない!

ヨハネは 分かっていたはず…と…

これがイエスの思い…

そして洗礼について

まずは 牧師の先生からの説明

昔のバプテスマは 水に入って 今まで犯してきた罪、穢れを洗い流す

そう言う意味で 習慣的に 入ってた所もあるが…

そして新たな道に進む…

そして今の洗礼は バプテスマも同じ意味合いはあるが内容が違う…

神と精霊によって 罪を許してもらい神の子になり 永遠の命をもらう…まったく違ったものだ…って

イエスは この話を聞いて

永遠の命は 輪廻転生の事を言ってると思うが

父なる神や私が罪を許す事はない

罪は 自分で許すもの…

神は 人を裁かない…

洗礼を受けたから 過去の過ちがなくなったり する事はない

自分で自分を許し愛さないと 輪廻転生で生まれ変わった時 また同じ過ちをおかさないよう もがき苦しむ事もある

決して 洗礼を受けたから 楽しく明るい未来が待ってるわけではない…

そもそも洗礼などに意味はない!

今の教会の教え自体が 聖書が間違ってる内容を伝えてる時点で

間違っていると…

今の教会に どっぷり浸かってしまうのは 怖いとも…

他の宗教と同じ

今のイスラエルの戦いも 宗教戦争が元だ…と

それを今の教会も作り出しているのと同じだ…と…

聖書の愛をうたっているが そこは間違ってないが 本当の神の愛を分かっていない…と…

今も 多くの人が訪れる

ゴルゴタの丘

そこについてもイエスの言葉が

ゴルゴタの丘に来る人達の多くは ここに来る事で 清められる

聖書の言葉を信じ 私の近くに来る事で 何かが変わると信じて来ているが それは違うと…

そして今 イエスが望んでいる事

それは世界平和

戦争のない世界

それだけではない

国境を越え 皆が助け合う

愛のある世の中 私は

望む世は こういう世界だ

イエスから こういう話を 私は 教えてもらいました。

イエスがこの令和の時代で伝えたい

聖書に記されていない

イエスの声…

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